東京地方裁判所 平成4年(ソラ)145号 決定 1992年10月16日
抗告人(所有者兼賃貸人) 古室正男
抗告人(債務者兼賃借人兼転貸人) 株式会社正興
右代表取締役 古室正男
右両名代理人弁護士 石塚久
木内千登勢
海老原信彦
被抗告人(債権者) 日本抵当証券株式会社
右代表取締役 牧口徳行
右代理人弁護士 西坂信
山本昌彦
田中昭人
第三債務者 株式会社ミナミ
代表取締役 南彰
主文
1 東京地方裁判所平成四年(ナ)第一六九六号債権差押命令のうち、同命令の別紙差押債権目録≪省略≫の債権のうち建物の一、二及び三階部分の賃料債権を、差押え、債務者が取り立てその他の処分をすることを禁じ、第三債務者が弁済することを禁じた部分を取り消し、上記債権差押命令を次のとおり変更する。
(1) 債権者の申立てにより、別紙担保権・被担保債権・請求債権目録≪省略≫記載の請求債権の弁済に充てるため、同目録記載の抵当権(物上代位)に基づき、債務者兼賃借人兼転貸人が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の債権(地下一階分の賃料債権のみ)を差し押さえる。
(2) 債務者兼賃借人兼転貸人は、(1)項により差し押さえられた債権について取り立てその他の処分をしてはならない。
(3) 第三債務者は、(1)項により差し押さえられた債権について、債務者兼賃借人兼転貸人に対して弁済してはならない。
2 債権者の債権差押命令の申立てのうち、上記建物一、二及び三階部分の賃料債権の差押えを求める部分を却下する。
理由
1 債権者の申立てと裁判所の差押命令
本件は、所有者が所有する建物について、抵当権を有する債権者が、物上代位権の行使として、所有者から債務者が賃借して第三債務者に転貸している建物地下一階、地上一、二及び三階部分の賃料(転貸料)債権の差押えを求めた事件である。
記録によると、債権者が抵当権の設定を受けその登記を取得したのは、平成元年六月七日である。
債権者は、所有者と債務者兼賃借人との間の原賃貸借契約は、上記の抵当権設定登記の後である平成二年一一月二四日に締結されたと主張し、その契約書の写しを提出した。
そこで、裁判所は、債権者の申立てを認容して、上記のすべての賃料(転貸料)債権を差し押さえた(平成四年(ナ)第一六九六号債権差押命令申請事件)。
2 執行抗告の内容と争点
これに対して、上記差押命令の取消を求めて、本件の執行抗告が申し立てられた。
抗告人(所有者及び債務者兼賃借人兼転貸人)と被抗告人(債権者)を審尋した結果、次の事実は、当事者間に争いがない。
ア 地上三階部分は、債務者兼賃借人がみずから使用し、転貸していない(したがって、この部分の転貸料債権を対象とする差押命令は、その対象を欠き効力を生じない)。
イ 地下一階部分の原賃貸借は、抵当権設定登記に遅れるが、地上一、二及び三階部分の原賃貸借は、抵当権設定登記前に締結されたもので、債権者が差押え命令の申立てに当たり裁判所に提出した原賃貸借の契約書写しは、地上一、二及び三階部分に関する限り従前の契約の更新または確認を内容とするものであった。
抗告理由及びこれに対する反論によって、争いとなっている点は、次のとおりである。
(1) 抵当権者は、抵当不動産の賃料債権を物上代位によって差し押さえることができるか。
(2) 民法三七二条により準用される三〇四条の債務者には、抵当不動産を借り受けて転貸する転貸人を含まず、抵当権者は、物上代位により、転貸料債権を差し押さえることはできないか。
(3) 抵当不動産について競売開始決定がなされる前には、その賃料債権を抵当権者が物上代位により差し押さえることはできないか。
(4) 原賃貸借が抵当権の設定登記前になされたが、転貸借が設定登記後になされた場合、抵当権者は、物上代位により転貸料債権を差し押さえることができるか。
(5) 債務者が、抵当権の被担保債権について、追加担保を提供した場合、その担保権の実行を経ることなく、転貸料債権の差押えをすることはできないか(民法三九四条)。
(6) 債務者兼賃借人兼転貸人は、法人としては形骸にすぎず、法律上所有者と同一視すべきものか(債権者は、同一視すべきものであるとし、地上一、二及び三階部分の転貸借は、所有者と転借人との直接の賃貸借であるから、その契約の時期が抵当権の設定登記の前後いずれであるかにかかわらず、その賃料債権に対して、代位による差押えをすることができると主張する)。
(7) 地下一階の転貸料の額は、一ヵ月一四三万二九八五円か、一ヵ月九八万五八〇〇円か。
3 当裁判所の判断
(1) 抵当物件の賃料債権に対する抵当権者の物上代位の可否
抵当物件の賃料債権は、抵当物件の賃貸により賃貸人が受ける金銭その他の物と同視することができるから、民法三七二条により準用される同法三〇四条により、抵当権者は、代位権の行使として、抵当物件の賃料債権を差し押さえることができるものと解すべきである。
(2) 転貸料債権に対する抵当権者の物上代位の可否
民法三〇四条の債務者は、抵当権の目的である不動産上の権利者と読み替えるべきものであるが(大審院明治四〇年三月一二日民録一三輯二六五頁)、この不動産上の権利者とは、抵当物件の所有者のほか、第三取得者及び抵当物件を後に借り受けた賃借人を含むものと解される(東京高裁昭和六三年四月二二日判例タイムズ六八四号二一一頁、判例時報一二七七号一二五頁、金融法務事情一二〇七号二八頁)。したがって、上記の賃借人が抵当物件を転貸して取得する転貸料債権は、抵当権の物上代位の対象となるべきものである。
(3) 競売開始決定前の代位の可否
抵当権の実行としては、目的物の競売と賃料債権などの代位物に対する物上代位の二つの方法がある。それらの方法は、債権の回収を確保するために抵当権者に与えられたものであり、その目的からすると、債権回収の必要に応じ自由に選択して行使することを許容すべきものである。したがって、目的物の競売を経ずに賃料債権を差し押さえることも許されるものと解すべきである。
(4) 原賃貸借が抵当権設定登記前にされた場合と転貸料債権に対する代位の可否
抵当権設定登記の前に原賃貸借があった場合には、原賃借権は、抵当権に対抗できるものである。したがって、抵当権者は、原賃借人が目的物を転貸して得る利益を侵害することはできない。
これに対し、抵当権設定登記後に原賃貸借がなされた場合には、それが短期賃貸借でなく抵当権に対抗できない場合は、代位を認めても不当に原賃借人の利益を侵害することにはならない。さらに、原賃貸借が短期賃貸借である場合にも、原賃借人が法律上抵当権者に対抗できるものとして保護されるのは、原賃借人が目的物を現実に利用する関係のみであり、転貸して差益を得ることまで、法律上保護されているのではないから、転貸料債権に対する代位を認めても原賃借人の利益を不当に害するものではない。
したがって、転貸借が抵当権設定登記後になされた場合でも、原賃貸借が抵当権設定登記前にされたものであるときは、抵当権者は、転貸料債権に対して物上代位による差押えをすることはできないものと解すべきである。
(5) 債務者が追加提供した担保の実行を経ることなく、もとの担保権を実行することの可否
債権者は、複数の物的担保がある場合、担保物件の所有者との間で合意があるなど、特別の事情のない限り、いずれの担保権を実行することも、自由である。民法三九四条は、複数の担保の実行順序についてさだめるものではない。したがって、追加提供された担保の実行を経ることなくされた本件差し押さえを、違法とすることはできない。
(6) 債務者兼賃借人兼転貸人は、法人としては形骸にすぎず、法律上所有者と同一視すべきものか。
抗告代理人が提出した資料によれば、債務者兼賃借人兼転貸人は、飲食店営業及び不動産売買仲介を目的とする会社であり、一六人の従業員を雇用し、代表者個人の会計と区別した会計処理をする独立した法人であると認められる。したがって、同会社を代表者個人と法律上同一視することはできず、債権者の主張は採用できない。
(7) 地下一階の転貸料の額
地下一階と地上一、二階の賃料単価は異なるのが通常である。このことと抗告人提出の資料を併せて考えると、地下一階の転貸料は、一ヵ月九八万五八〇〇円であると認められる。
(8) 結論
前述のとおり、地下一階部分の原賃貸借は、抵当権設定登記に遅れるものである。したがって、地下一階部分の転貸料債権の差押えを求める申立ては理由があり、この差押えは、維持するべきものである。
しかし、地上階部分の原賃貸借は、抵当権設定登記前に締結されたもので、債権者が差押え命令の申立てに当たり裁判所に提出した原賃貸借の契約書写しは、地上一、二及び三階部分に関する限り従前の契約の更新または確認を内容とするものであった。したがって、この部分の転貸料債権の差押えを求める申立ては理由がない。したがって、既にした差し押さえ命令のうち、地上部分の転貸料に対する部分を取り消し、この部分の申立てを却下することとする。
(裁判官 淺生重機)